「幸せ」への挑戦:ブータンの教育/中 貧しくても進学決意
午前8時。ブータン南部のダガナ県にあるジンチェラ小の朝は、食事から始まる。ほんのり甘い豆入りのご飯。100平方メートルほどの広さの食堂は235人の児童でごった返す。世界食糧計画(WFP)の支援を受けた給食だ。朝と昼の2食で子供たちの命をつなぐ。
就学前から前・中期中学校までの計11年は、教育費が無料だが制服である伝統衣装は家庭で用意する。1着500ヌルタム(約700円)。農家の収入は最大月3000ヌルタム(約4200円)ほど。大きな負担だ。靴が用意できずサンダルで通う子も3割近くいる。ゴパル・ティング先生(26)は「お菓子を買える子と買えない子がけんかすることもある」と話す。
6年のラチュマン・グルン君(14)と2年のラチ・マヤ・グルンさん(11)の兄妹は、学校から1時間離れた山中の家に、両親と暮らす。牛3頭、ニワトリ2羽、ヤギ5頭を飼い、畑ではトウモロコシなどを栽培。生活のため耳が不自由な父(70)やラチュマン君が道路工事の日雇い仕事に出る。電気はない。「屋根が草ぶきで雨漏りがする。トタン材が欲しい」とラチュマン君。大人びた目付きに家庭を支える覚悟がにじむ。
毎日新聞 2012年06月01日 東京夕刊
家族を支える覚悟。自分にはあるだろうか?。
[謹聴熟考]目に見えない価値大切に
水俣市長を2002年まで2期務めた吉井正澄さんは、水俣病の被害者と行政の双方から同じように信頼される希有(けう)な人だ。髪はすっかり白くなったが、実直な笑顔と柔らかに光る目は昔と変わらない。水俣市の静かな山里にある自宅を訪ね、日本と熊本の今について考えを聞いた。(岩永芳人)
――市長を辞めて10年。どうお過ごしですか。
「田んぼと畑の世話、山の手入れ。作物が育つのが面白くて毎日見に行きます。年に50回以上やっていた講演は80歳になったのでだいぶ減らしました」
――悠々自適の吉井さんの目に今の世の中はどう映っていますか。
「ひと言で言えば、行き詰まり、ですか。経済は伸びないし、格差は拡大した。地方にも展望がない。公共工事が減って、水俣でもこの5、6年、地場の会社がいくつも倒産しました。農業や林業も苦しい。昔は一町歩800万円で売れた山の木が今は100万になるかどうか。最近、水俣の中心部に近い場所でも夏ミカンの廃園が広がっているのを見て驚きました」
――県内はどうですか。熊本市が政令市になりました。
「熊本市が大きくなったからといって県全体が良くなるとは限らない。周辺は過疎化するでしょう。昔から、交通と通信が便利になればなるほど都会は栄えて“在(ざい)”は疲弊してきた」
――なかなか明るい話になりませんね。
「財界はいまだにGDPの競争をしたいのでしょう。中国に抜かれて世界3位に落ちて、あわてている。でも果たしてそうだろうか。中国は、日本を抜いて2位になったけど国際社会から尊敬されていますか」
――尊敬されていないとしたらなぜですか。
「GDPで測れないものを大切にしないからだと思う。GDPは物質的な豊かさのものさし。平和とか、安全安心とか、美しい自然とかは測れない。そういう目に見えないものを大切にする国がこれからは尊敬される。経済と、精神的な文化や倫理とのバランスを取ってやっていく。そうでなきゃ、地球がダメになる」
――ダメになる前に変えないといけませんね。
「変えんといかんですね。それを世界に気づかせるのが日本じゃないですかね。日本の中では水俣かもしれない。物質文明の負の部分にすごく泣かされてきた町ですから。でも、のど元過ぎれば、という心配がある。世代が変われば水俣病の教訓も忘れられるかもしれない。どう伝えていくかが課題です」
――国や県と、市町村との関係はうまくいっているでしょうか。
「私は田中角栄の日本列島改造論に賛成だった。あれは、日本の頭だけでなく、指先にまで血を巡らそうという発想だった。だけど、地方に残ったのは結局原発だけ。住民と直接向き合う市町村を国や県は尊重せんといけません。私は、国にも県にも遠慮なく意見を申してきたが、ふつうは不利益を心配してなかなか言いきらん。それは今も変わらんのではないですか」
(後記)
日本の将来は大丈夫か。熊本の未来は明るいか。連載を始めるにあたり、たいへん大風呂敷ながら、そうしたテーマにふさわしい人に話を聞きたいと思った。
経済の論理だけで社会をを動かそうとしてはダメで、目に見えない価値を大事にする世の中に変えなければいけない――。同じようなことを言う人は他にもいるかもしれないが、吉井さんが話すと説得力がある。水俣病が市民の間に生んだ深刻な対立を「もやい直し」で修復するのにも吉井さんの人間的な魅力が大きな力になっているのだろう。
市場に幻の巨大魚、刺し身もいけるが「不遇」な扱い
生マグロの水揚げ日本一を誇る勝浦漁港(和歌山県那智勝浦町)の魚市場で、奇妙な姿をした巨大な魚と出合った。マグロのはえ縄漁の“副産物”で、地元では「マンダイ」「アカマンボウ」と呼ばれる。
大きなものは1メートル以上。新鮮なら刺し身でもおいしいというが、マグロがメーンの漁船では扱いが悪くなりがち。鮮度を保ったまま水揚げされることが少なく、地元でもほとんど出回らないようだ。
主役のマグロはキロあたり数千円にもなるが、マンダイは「ひと山いくら」の取引で1匹あたり数千円。市場の片隅にまとめて置かれている不遇な存在だが、大きな目と水玉模様の愛らしい姿が何とも印象的だ。はやりのゆるキャラにでもすれば、港町の新たな名物になるのでは、と思った。
2012.5.23 07:21
「食べる.横浜」 地産地消ガイドブック発行
横浜市などは、市内の農業を知ってもらい、地産地消につなげようと、ガイドブック『食べる.(どっと)横浜』を制作した。
JA横浜などと1年以上かけて共同取材。市内の直売所や小売店約430店のリストを掲載した。農家の地場産野菜や果物を使った農家の女性直伝レシピのほか、田園風景を見ることのできる散歩道、地産地消にこだわる市内レストラン、農産物の収穫体験カレンダーなども紹介している。
林文子市長は「とても楽しい本。横浜市はコマツナの出荷量は日本一で、大都市でこれだけ農業が豊かというのはすばらしい」とPRしている。
A5判オールカラー176ページで、1365円。市内の書店などで購入できる。
学生が設計した野菜直売所、東京・小金井に
法政大で建築を学ぶ学生らが設計した野菜の直売所が、東京都小金井市の農家の敷地に完成した。
学生らは自ら間伐を体験するなど、設計から完成まで実際にかかわることで建築を実体験で学んだ。学生らの直売所づくりには、都市農業を元気にしたいとの思いも込められている。
直売所を作ったのは、法政大で建築を学ぶ大学院生の山中元さん(26)や、東京学芸大、武蔵野美術大の学生やOB計6人。
1年半前、学生有志で実際のものづくりをしたいと話し合ったのがきっかけ。山中さんは大学1年の時、授業で法政大のキャンパスがある小金井市内の農地を歩き、直売所の設計を学んだ経験があり、都市農業を守りたいとの思いから、直売所作りを決めた。
資金は法政大や西武信用金庫の助成金を申し込み、採択された。場所は以前から知り合いだった同市関野町2の農家高橋金一さん(50)の駐車場の一角。高橋さんから、野菜をゆっくり見ることができ、地域の人の居場所になるような直売所にしてほしいとの要望を受けて設計した。
材料は環境への配慮から間伐材を利用。学生らが山梨県小菅村の間伐ボランティアに参加し、実際にチェーンソーを使って自分たちで木を切り、奥多摩町の製材設備で角材にした。その角材を使って市内の工務店が建築し、直売所の目印となるのれんも市内の店が製作した。
直売所は「金菜屋(きんさいや)」と名付けられた。高橋さんの名前と、「来んさい」という響きを掛けた。野菜の大きさに合わせて展示台を上下に動かせるようにし、イスも付けることでゆっくり野菜を眺めたり、人が集える工夫を施した。のれんのロゴやイスなどのデザインも学芸大や武蔵野美術大の学生が行った。「設計時の予想以上に木が曲がるなど、教科書で学ぶのと体験するのでは異なることが分かった」。4月から住宅設計の仕事に就いた鈴木良明さん(25)は振り返る。(名倉透浩)
「亀戸大根」などの江戸東京野菜類も栽培する高橋さんは「直売所で置いてみたい。人が集える場所になればうれしい」と話し、山中さんも「直売所が都市農業を知ってもらうきっかけになり、都市農業が元気になれば」と期待を込めた。




